人っていろいろと思考して、
自分のなかで自分と対話していますよね。
たとえば、
転んだとしましょう。
ついさっきまで何でもなかったひざが、
擦りむいてジンジン痛みます。
これはカラダが傷ついたので当たり前ですが、
心も同様ですね。
誰かにひどいことを言われたとき、
ついさっきまで何でもなかった心が、
急に乱されてしまいます。
するとそれをどうにかしようとして
いろいろと自分のなかで、
思考を始めます。
「え~?なんであの人にあんなこと言われなきゃいけないの?」
「次に会ったらどんな顔して何て言ってやろう」
「頭にきて、ほかに何も考えられない」
「どうやってこの嫌な気持ちをおさめたらいいんだろう」
「やばい、悲しくなってきた…泣きそう」
こんな思考が次から次と沸き起こってきます。
そして思考すればするほど
苦しくなるのがオチだったりします。
こんなときに試してみてもらいたいことがあります。
思考というこの頭の中のおしゃべりをストップするのです。
ただ、何も考えないようにするというのは、
なかなか難しいことです。
なので、考えないのではなくて感覚的に、
いろいろと自分のなかでおしゃべりするのをやめて、
それでも動いている心臓に意識を向けてみるのです。
私が昨日試したことなんですよ、これ(;^ω^)
ちょこっと、心が乱れるようなことがありまして、
仕事に影響が出てはいけないと思い、
頭の中のおしゃべりを止めてみました。
ただ何とも言えない感情はそのまま否定せず、
それを抱えたまま、
ただおしゃべりを止めたのです。
そして、少し落ち着いたところで、
すべてはうまくいっている
という言葉を思い出して言い聞かせました。
するとわずか1~2時間後、
最初に心を乱されてしまった現実の出来事は、
まったく逆の方向に動き出し、
むしろとても心が安定するという現実に変わったのです。
楽しいという気持ちも嫌だなと思う気持ちも
空腹感と同じで、
いつまでも続くものではありません。
私は朝食をとらないので、
お昼ご飯までに空腹感を覚えますが、
食べない限りそれが続くということもありません。
食べてお腹を満たさなくても、
気が付くとおさまっているものです。
同じ気持ちを持ち続けるというのは、
無理に等しいものなのですね。
ただ、心を乱されるようなことが起こると、
頭の中のおしゃべりが激しくなり、
それを長引かせているだけのように感じました。
今起きた嫌なことだけに焦点を当てると、
嫌な気持ちもMAXに感じられますが、
これは幸せになるために必要な過程なのだとしたら
どう思いますか?
そう考えるとすれば、今起きた嫌なことも、
今ここでクヨクヨしていることも
うまくいっているということになるわけです。
なるほどね、すごいもんだなと、
昨日の私は思いました。
ついさっきまで何でもなかったひざが、
転んで擦りむいたことで、
ジンジン痛み始めたけれど、
魔法をかけられて、
ウソみたいに傷が癒えた…。
それどころか美しいツルツルピカピカな
ひざ小僧になったみたいなかんじですね(;^ω^)
結果オーライってやつです。
人は魂を磨き、
幸せになるために生まれてきます。
一人残らずです。
このことに気づかないまま、
人生劇場をお終わらせてしまう人も多々います。
自分の人生は自分でいかようにも変えることができるのです。
であれば、最後は、
「生まれてきてよかった」って思いたいですよね。
今すぐに設定しましょう。
人生の幕引きのシーンを。
そのために必要な過程を私たちは、
ただひとつひとつクリアしているだけであり、
すべてはうまくいっているのです。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
そんなあなたが大好きです。
ブクマにコメントありがとうございます(⋈◍>◡<◍)。✧♡
id:GOISさま、なるほどって成程って書きますよね。成長過程なんですよね。だからそう言っていただけるのはとてもうれしいです(o^―^o)
id:mashley_sltさま、素晴らしいですね。国会中継からおかあさんといっしょに切り替えるという発想。そういうふうに柔軟に生きられる人は全般的に得な生き方だと思いますよね。
id:uchu5213さま、お経のことなどとても詳しくていらっしゃるので人は何のために生まれてくるのかを本当に理解されている宇宙さんにそう言っていただけると励みになります(o^―^o)
id:ColdSnapさま、そうなんですよね。だから我々は「年をとる」って素晴らしいことだと若者に思ってもらえる生き方をするのが使命だと思うんです。
id:kemoxxxxxさま、イイ画像見つけてきたでしょう?ピッタリじゃない?(*´艸`*)