※この記事は2026/01/29の記事のリライト版です。2026/10/17にダニエルさんのサイトで再アップされたため、書き直しました。
私はセント・ジャーメイン、バイオレット・フレーム(紫の炎)の使い手です。
皆さんは、「自分とは何なのか」だけでなく、神とは何なのか、ソースとは何なのか、すべてなるものとは何なのかに関して、多くの信念を持っていることを実感しているでしょう。皆さんは、自分自身、すべてなるもの、唯一なるもの、ソース・エネルギーとの関係性について、数多くの信念を抱いています。そして、生涯を通じてこれらの異なる信念を試着し、どれが自分に合うか、どれが合わないかを見極めようとしていることも、皆さんは知っているのです。中には、神を遠く離れた宇宙のどこかに存在する全能の存在だと考える宗教に生まれることを選んだ人々もいます。彼らは、自分たちは実際には取るに足らない人間に過ぎず、神によって天国の門をくぐれるかどうか試されているだけだと教え込まれてきたのです。
もし誰かがその体験を生きるために生まれたのであれば、それはその人が自ら選んだ道であり、皆さんが持つ神との関係性や、ソース・エネルギーが何であるかに関する認識の方が、彼らの持つ概念や関係性よりも優れていると説得する必要はありません。たとえば、誰かが玄関を訪れ、パンフレットを差し出しながら「あなたを永遠の地獄の炎から救いに来た」と語ったとしても、その話に耳を傾ける必要も、同意する必要もありません。彼らと議論する必要はないのです。ただ、お互いの生き方を尊重し合えば、それでいいのです。
このような神を知り、自己を知るためのさまざまな方法や、さまざまな思想は、すべて同じ一つの存在によって創造されたものであり、そのソース・エネルギーの存在が、このようなさまざまな信念や宗教、精神修行といったものをすべて体験したいと望んだのです。ですから、同意する必要はなく、お互いの生き方を尊重し合う方が皆さんのためになります。ただし、単に自分の信じていることを信じるだけにとどまらず、さらに踏み込むこともできます。皆さんはそれを、大きな転換を経験しようとしているかもしれない人への招待として差し出すことができます。たとえ相手が自分の信念に共感しないとわかっていても、自分の信じることを伝え、それを伝えること自体にどう感じるかをただ観察してみてください。
その話をしているときに自分がどう感じるかによって、自分の信念にどれだけ確信を持っているのかがわかります。同時に、他の人が自分や自分の信念をどう評価するかに対して、どれだけ執着しているかも明らかになるでしょう。皆さんは今、自分の信念に従って生きることができます。そしてもちろん、どのような生き方をするか、どのような選択をするかといったことは、自分が何を信じるかよりもはるかに重要なことなのです。もし皆さんが、ソースの無条件の愛とは何かを体現する生きた証そのものであるならば、たとえ自分の行動や生き方に誰一人ついてこなくても、皆さんは人類にとって計り知れない価値を持つ存在なのです。
皆さんには、ありのままの自分でいること、他人の目を恐れないことが、とても大切なのです。当然ながら、世の中にこれほど多くの異なる信仰が存在する理由の一つはそこにあるのです。それは、たとえ他人から「安息日に自分たちと共に礼拝しないのだから、あなたは地獄に落ちる」と思われようとも、それぞれが自分の望む人生を選べる機会を与えるためなのです。それに氣づいていようといまいと、一人一人がソースとの独自の関係を持っていることを理解することがとても重要です。そして、誰もがかけがえのない存在であり、その関係性もまた唯一無二であることを理解したとき、他人の信仰が自分のものと一致するかどうかなど、どうでもよくなるでしょう。それぞれの生き方を尊重し、ただ、自分自身として生きてください。
私はセント・ジャーメイン、バイオレット・フレームの使い手です。
望ましくない状況や思考、感情に触れると、胸のあたりが「うっ!」となって、締め付けられるような何とも心地良くない感覚になる。窮屈な感じになるのは、本来の自分のサイズより小さいからだと考えてきた。心の器の端っこに何かが当たって「カチン」となるって聞いたこともあるし。それもそうだと思うけど、知らず知らずのうちに閉ざしてしまった心の扉をノックされているという考え方も面白いんじゃないかな。自分でありながら、好きになれない自分っていうのもあるし、ワンネスであれば、自分じゃないように見えるあの人もその人も自分であって、自分に受け入れてもらえない自分ってかわいそうでしかないよね。ノックされていることに氣づけたら、扉を開いて温かく受け入れ、バイオレット・フレームや自分なりの愛の形でメロメロに溶かしてあげる…そんなイメージもいいかもしれない。あらゆるものは愛であり、愛じゃないように見えるものは、愛に飢えているだけなんじゃない?不良も、駄々っ子も、病氣も、悪霊も、自分を困らせるものはすべて愛を欲しているだけ。もしそうなら、どんなトラブルを解決するのもそんなに難しいことじゃないよね。ただし、信じられるかどうかが大事。それが本当かどうか、自分が抱えている問題の原因や関わっているものにたっぷり愛情を注いで確かめてみよう。
by みきっぺ
※この記事はダニエル・スクラントンさんのYouTube動画の概要欄にあるメッセージを訳したものです。